スタッフ紹介

宅地建物取引士
諸岡良治(もろおか よしはる)


前田昌幸(まえだ まさゆき)

宅地建物取引士、賃貸不動産経営管理士、少額短期保険募集人、損害保険募集人(火災)
織田亮太(おだ りょうた)

武雄青陵高校卒、東洋大学経営学部経営学科卒、実家の木工所勤務を経て2009年より肥前地所勤務。武雄市山内町踊瀬出身・永尾在住。

幼少期は姉二人に次ぐ待望の長男で大変可愛がられた。小学校の頃は平戸の海へ行ったり、ゲームボーイの登場に感動したりしながらに過ごす。

小学校から中学時代は沈み後、浮き上がった。友達に誘われ、スケートボードを欲しくなり、購入しに久留米まで行った。洋服を買ったり音楽を聴いたりを意識的に行う。勉強はいま一つだった。あっという間に卒業。

高校時代はバレーボールに励み、ポジションは初期リベロ、のちセッター。当時の先生にセッターとしての才能を買われたと信じたいが、背丈が低く、フォームは良くともアタック・ブロックがいまいちだったことが理由として在った。高校総体は一回戦敗退。

体育祭等ではなんとなく軍団役員となりエラソーと指示をだした。がそのうちに受験勉強へ。やっていた筈だが、合間に音楽を聴いたりしたことしか、あまり思い出せない。受験ツアーでいった東京にいた先輩の家から試験に通い、もう東京に行く事はないだろうと思い飛行機に乗る。それが合格して、再度東京に行く事になるとは…。      

埼玉県の大学に進学し、経営学もそこそこに、以前より興味のあった音楽の世界に傾倒する。田舎よりも直に音楽に触れる機会が多く、サニーディサービスの解散ライブとフジロック2001で3日間新潟苗場で過ごした経験が決め手だった。その後、音楽で飯を食おうと一時的に思い、サニーデイサービスの曽我部恵一氏にあこがれ、無理やり近づき、顔を覚えてもらい、一瞬、付き人的に師事するも、人生に悩み、紆余曲折し2004年4月、実家へ帰郷。帰ってすぐに帯状疱疹に。

木工所時代に家具についても興味を持ち、北欧フィンランド(ヘルシンキ)まで単身で行くも、矢張り現地のレコード屋に通ったり、アキカウリスマキの映画にでた場所を巡ったり、エスポーのヌークシオ国立公園の山中で道に迷ったりする始末。初の海外だった。

やがて、社会についての学びがあると感じ、宅建業界へ。ハネムーン期を宅地建物取引主任者資格試験の為に勉強で埋め尽くすも、不合格!次年度で取引士資格をなんとか取得し、そこから実務をこなす度に実務経験が重要であることを肌で感じ、日々、様々な不動産取引に関わって、現在に至っております。